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ちょっと新十津川駅に行ってみた!!

2017年7月29日更新

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こんにちは、板橋営業所の笹原です。都内はどんよりと雲っておりますが、今日は隅田川花火大会です。雨にならなければいいのですが…。

8代将軍吉宗の時代に、江戸がコレラ・大飢饉に見舞われ慰霊と悪病退散を祈願する目的で、両国の川開きの日に水神祭が行われ。その際に花火を打ち上げたのが現在の花火大会のルーツだそうです。この当時は20発前後の花火だったらしいのですが、現在の打ち上げ数は軽く20000発を超えます。

日本で最初に花火を観賞した人物は、徳川家康と言われているそうです。江戸時代に書かれた「駿府政事録」に、1613年イギリス国王使節ジョン・セーリスが駿府城を訪れた際、中国人を使って、家康に花火を見せたという記述が残っているそうです。この時の花火は現在の打ち上げ花火とは異なり、竹筒から火の粉が噴き出す単純なものだったようですね。ちなみに火薬は中国四大発明の1つですね。残りの3つは、羅針盤・紙・印刷です。日本の四大発明は、インスタント麺・ウォークマン・カラオケ・電子ゲーム機なんですけど、時代が違いすぎてどっちがすごいかというのは、ちょっと分らないですね…。

今回の本題は、ちょっと前に行った新十津川駅に行った様子を書いてみます。新十津川駅のある新十津川町は、北海道空知地方中部にあり、石狩川が流れ、北海道では有数の米どころです。町名の由来は、1889年に起きた奈良県吉野郡十津川村での十津川大水害の被災民がトック原野に入植し新十津川村と称したんだそうです。現在も姉妹都市になっているそうです。北海道には北広島市もあるのですが、こちらも広島県の人たちが集団移住して開拓した町のようです。

新十津川駅は、札沼線の終着駅になります。現在は沿線に大学などが多いため、学園都市線の愛称で親しまれています。元々は留萌線の石狩沼田駅まで続いていたのですが、1972年に新十津川ー石狩沼田間が廃止になりました。札幌駅から北海道医療大学駅までは電化されいわゆるドル箱路線なのですが、石狩当別駅から新十津川までは、非電化のままです。非電化のまま残された北海道医療大学駅 – 新十津川駅間は、列車本数・利用者数とも少ない閑散区間です。1両編成の列車が走るローカル線となっています。1 km当たりの1日平均利用者数を示す輸送密度は、北海道医療大学駅 – 新十津川駅間は、JR北海道管内では最低です。(100円稼ぐのに2000円位掛かるのだそうです。もしかしたら間違いです。)

そのような路線のため、朝9時40発の列車が始発であり終列車なんですね。今年の3月のダイヤ改正により、1日1本しかありません。それまでも、たった3本なのですが…。始発で出かけるとその日のうちに列車では帰って来ることが出来ません。到着する列車も9時28分に到着。その列車が12分後の9時40分に発車しておしまいです。駅目当ての観光客もいるのですが、ほとんどの人が40分発の列車に乗って帰ってしまいます。28分に到着する列車で行ったのですが、近くの保育園の園児と保育士さんがお手製の絵葉書でお出迎えしてくれます。出発の時はまた来てねぇ~と両手を振ってお見送りです。毎日しているんだそうです。今回は30人位到着し、折り返しに乗らなかったのは5人位でした。駅で一休みしていると園児と保育士さんが、どこから来たのか話しかけてくれました。埼玉県だよと言うと、公文式の日本全国の地図の埼玉県の所を持ってきて、ここですか?とはにかみながらまたまた話しかけてくれます。当たり~とハイタッチをしました。みんなおりこうでした。駅周辺を散策していると今度は園児が保育園へ帰っていきます。手を振ってこちらがお見送りの立場に…。

園児のお出迎えのおかげで、思い出に残る終着駅になりました。この園児が何年か先に旅立つ時がくる時まで存続して欲しい路線です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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